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七人七色

@gladee_achan あっちで書ききれなかった長い文を載せていきます。超ポジティブ。超適当。いけめんが大好き。

「世の中には、「ネタバレをして欲しい人」がいるという大切な事実」というブログ記事を読んで

Twitterで回ってきた
「世の中には、「ネタバレをして欲しい人」がいるという大切な事実」(勝手にリンクを貼るのはいかがなものかと思ったのでぐぐってください読んでください)
というブログ記事を読んで、読んだのがバス停だったので、心の中で「ああああああああああ!!!!!」って言いました。いや、本当にそんな感じで。じゃあなんで「ああああああああああ!!!!!」って叫んだのかというと。

“どうして私がネタバレしてほしいか伝わってなかったの!?”

ってことですね。
私は私が「ネタバレしてほしい人」だから、
・ネタバレが嫌な人
・ネタバレが気にならない人
・ネタバレしてほしい人
大まかにこの3種類に別れることは当たり前というか、わかってたことで。「ネタバレが嫌な人」が、先の展開を知ってしまったら楽しくないからネタバレは嫌、って思ってるのはわかってた。そうだろうねーって。「ネタバレが気にならない人」がいるのもわかってる。ツイッターとかやるならそれくらいが楽だよねーって。

その中で私は。
小説はまず結末から見る。映画は見に行く前にネタバレしてるブログを探す。原作のあるドラマは原作のネタバレを読む。
こんな感じの人ですね。
だからなのかな、長く続いてる漫画はあまり読まない。というか完結してからにしよーって思うから波に乗り遅れるのだと思う。小説の上中下巻も、全て発売されてから読む。むしろ、まず下巻の最後を読む。とりあえず、どうなるのかっていう結果が知りたいんですよ。
じゃあそれで読む気・見る気を無くすかっていうとそうじゃなくて、私の場合「じゃあなんでこの結末になったのか」という部分に重点を置くので。犯人やキーパーソンがわかっていれば、途中の意味深なセリフや隠れたキーワードにも瞬時に反応できる。あの人が犯人だからこの場面でこう言ったのか、とか。これが最後のあれに繋がるのか、とか。そうやって一本一本糸を結びなから、腑に落としながら、再び結末に向かっていくのだ。

そしてコンサートも例外ではなく。
コンサートはセトリから演出から全て頭に叩き込んでから行く。淳太くんが前に「どうしてコンサートのセットリストをインターネットに流しちゃうの?俺らは新鮮な気持ちで見てほしいのに」みたいなことを言ってたけど、私としては???だった。じゅんじゅんなんでそんなこと言うのー?って。
私にとって、コンサートを最大限に楽しむにはセットリストの把握が必要不可欠だから。だって、どこから出てきて何をするのかわからないじゃないですか。だから基本的に初日ってあんまり好きじゃない。絶対に見なきゃいけないところを、確実に見逃してしまうから。先に全部把握しておけば、どこで双眼鏡を持てばいいのか、どこでモニターを見ればいいのか、どちらの方向を向けばいいのか、どこで声を出せばいいのか、ちゃんとわかって臨める。一秒たりとも無駄にすることなく、彼らが用意してくれたものを余すところなく堪能できる。だから、ネタバレしてくれる人がいなくなったら困るのだ。

その場合、問題になってくるのが「ハラハラドキドキ感」とか「新鮮味」になってくるんだろうなと思うのだけど。多分、「ネタバレが嫌な人」が思っている以上に「ネタバレをしてほしい人」はハラハラドキドキしているし、新鮮な気持ちで見てるのでは、と思う。ああ!これがあの人の言っていた場面!とか。皆この○○を絶賛してたのね!わかるー!とか。結末がわかっているからつまらない、なんて思ったことがないんです。
たまにあるじゃないですか、犯人もトリックも冒頭で明かして、そこから探偵や刑事が事件を暴いていくやつ。そっちの方が好き。

私の周りは「ネタバレが気にならない人」の割合が多いのであまり気にしてこなかったし、「ネタバレが嫌な人」がいるのもわかってたから気を付けていたつもり。でも、私のように「ネタバレをしてほしい人」もいるということが、あまり知られていなかったということに驚きつつ。
どうしてネタバレしてほしいの?と聞かれたら。
「見なければならないものを何一つ見落としたくないから」って答えるかなぁ。